―自由への憧れ― 初夏の箱根にて、夏の山頂の涼風を楽しむのに、2CVほど適したクルマはないだろう。
友人がただでもらってきたという、ボロい2CVに乗せてもらった。
するとこいつがなかなか面白い。幌を開けて運転すると爽やかな風がバンバン入ってきてなんとも気持ちよい。
古い日本車をオリジナルを尊重しながら所有する事に、私は少々辟易としていた。そんな私に、2CVはなんとも自由で開放感あふれる乗り物に思えた。目からうろこが落ちる思いとはこの事だ。折良く、西武デパートでフランスフェアというのが開催されていて、会場の一階には綺麗なクリーム色の新車の2CVが展示されていた。
私はたちまち虜になった。そうだ、2CVはまだ新車で買えるではないか!なんと幸運な事だろう!
こうして私は生まれて初めて新車、しかも外車を購入することとなった。今思い出しても素晴らしく胸躍る体験だった。グレードはちょっと着飾ったチャールストンと質素この上ないスペシャルがあったが、私は迷わず後者を選んだ。価格はスペシャルで168万円。デビューしたてのシトロエンAXのTRIが同じような値段だったが、全く比較の対象にならなかった。
私は世俗の常識にとらわれるのではなく、自由に身をゆだねたかった。それにはやたらと風通しの良い2CVでなければいけなかったのだ。
当たり前の事だが、クルマだけでは精神的自由は決して得られない。全く愚かな事だが、私がそれに気が付くのはずっと後のことだ。indexへ戻る
2CVはクルマであってクルマでないような所がある。退屈なサルーンカーとは全く異質な世界を持っている。
作りがシンプルだから壊れたという記憶も殆どない。動かなくなったのは高地に行った時、空気が薄い為にキャブにガソリンが来なくなった時くらいのものだ。
フランス車の通例でゴム類は駄目で、フロントウインドウのストッパーやワイパーブレードは何回も換えた。幌も高速走行中に飛んだので一度交換した。チャールストンと違い、スペシャルの幌はウインドウ前面に爪で引っかけてあるシンプルこの上ない構造なので風圧で開きやすいのだ。
また、小さいサイズながらフェンダーが飛び出たスタイルのおかげで、車両感覚がつかみにくく、よくフェンダーをこすった。新車の時には気にしてすぐ板金に出したがその内に直さなくなった。2CVは新車で買うことが出来たので他の大古車とは違い、このクルマの一番美味しいところを十分に味わう事ができたと思う。2CVに乗っていた数年間、私は確かに幸せだった。
4年ほど経ち、2CVとの生活は私の日常となった。それは大変居心地の良い空間だったが、飽きがきた事も否定できなかった。私は自分自身を変化させたいと思った。別の世界を覗いてみたくなった私は2CVを手放す決心をした。